『Quartett!』プレイ日記 その3
普通に3ルートを終えると後日談が入ってコンプ?
メインヒロインはシャル、でいいのかな。
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Quartett! スタンダードエディション
#あ、でも出来れば買うならオフィシャル通販でね!
彼女は“彼女自身”を獲得して、音楽でそれを表現できるようになっていましたしね。
スーファルートはルカが言うようにフィルくんのしていることはその実老人と変わらないように見えて、限りなくバッドに近いノーマルエンドって感じ。
母の好きだった音楽を奏でるオルゴールの音色でスーファが勇気づけられることはあっても、カルテットの演奏を聴いて老人が心変わりするほどの軌跡は起こらない。音楽は“きっかけ”になる程度の本当に些細な力しかなくて。
スーファを救うにはルカがああする以外にも方法はあったのだろうけれど、一番現実的なのは「老人が衰え、倒れるまで耐える」というもので、おそらくあの兄妹はそれを目指していた。しかし、それまでにスーファが犠牲にしなければならないものは、あまりに大き過ぎる。それにようやく気付けた、目を逸らさずに見つめることが出来た。
だから、ああするしかなかったルカ、というのは、どうしようもないように、思える。
この辺、嫌いにはなれない。うまいと思うし、面白い。鬼哭街を遊んでみようと思ったのは内緒。
ただ、そうだな。けれどフィルのは新たな束縛をスーファに与えるだけで、単純に“人形”の持ち主が変わっただけに見える。どうしても切なさが残るし、あるいは、このフィルは、将来父親と同じ道を歩むのかもな、とすら思ってしまう。
僕はスーファの次にシャルルートを遊んだのですが、こちらはたぶん普通にハッピーエンド。あのままの流れで「成功」を掴む流れではなかったのが、何よりのハッピーエンド。
シャルロットは、音を楽しむことが出来るようになった。音楽が出来るようになった。そこに乗せられたテーマというのは、「予め定められたレールに沿って進むこと」や「押し付けられた苦難、理不尽」とどう向き合うかであるのかな。
フィル視点で言えば、「父親が投げ出した教え子、投げ出した曲」を「みんな(カルテット)の力で」完成させ、父と同じもの(父と同じセンスと、おそらくは性格)を持ちながらも違った道を歩き出す、という父親を乗り越えるお話にもなっていて、ユニルート・スーファルートで触れられなかった“彼自身”の物語になっていたのが好感。
ただ、バイオリン職人としての彼はどこへ行ってしまったのだろう、という気もする。この辺、シャルの物語を穿って見ると「用意されたレールに沿って進むことこそ至高である」とされてしまうおそれがあって、だからこそ、フィル側で「いや自分が好きだと思えること、『こうするしかないのか……』という消極的肯定で選ぶのではなく『これでよいのだ!』と積極的校庭で選べる道を進むのがいいんだよ」としたのかなー、とも思うんですが、少しフォローが欲しかったかな。
エンディングとしては、うまかったと思うんですけれどね。
マリウスはたぶん正攻法では挫折を味わっていて、だからこそ……だったのでしょう。シャルロットも正攻法では街の先生程度にしかなれない。フィルには“とりあえずの成功”を与えたが、継続的に活躍できるとは限らない。というか、“成功”を味わった分だけ結局はマリウスと同じ道を辿ってしまう可能性を秘めている。
これを覆すのはつまり音を楽しみ続けることであり、目の前の聴衆を意識し続けることであり、カルテットだけでなく仲間との交流が続けられていること。
“希望”だけを煮詰めた嘘臭いハッピーエンドではなく、しっかり闇にも触れている。安易なサクセスストーリーでは、決してない。
けれども綺麗にまとまっていて、明るい未来の予兆を感じさせてくれてもいる。
終えたあとに清々しい余韻を残してくれる、気持ちの良い作品でした。
メインヒロインはシャル、でいいのかな。
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彼女は“彼女自身”を獲得して、音楽でそれを表現できるようになっていましたしね。
スーファルートはルカが言うようにフィルくんのしていることはその実老人と変わらないように見えて、限りなくバッドに近いノーマルエンドって感じ。
母の好きだった音楽を奏でるオルゴールの音色でスーファが勇気づけられることはあっても、カルテットの演奏を聴いて老人が心変わりするほどの軌跡は起こらない。音楽は“きっかけ”になる程度の本当に些細な力しかなくて。
スーファを救うにはルカがああする以外にも方法はあったのだろうけれど、一番現実的なのは「老人が衰え、倒れるまで耐える」というもので、おそらくあの兄妹はそれを目指していた。しかし、それまでにスーファが犠牲にしなければならないものは、あまりに大き過ぎる。それにようやく気付けた、目を逸らさずに見つめることが出来た。
だから、ああするしかなかったルカ、というのは、どうしようもないように、思える。
この辺、嫌いにはなれない。うまいと思うし、面白い。
ただ、そうだな。けれどフィルのは新たな束縛をスーファに与えるだけで、単純に“人形”の持ち主が変わっただけに見える。どうしても切なさが残るし、あるいは、このフィルは、将来父親と同じ道を歩むのかもな、とすら思ってしまう。
僕はスーファの次にシャルルートを遊んだのですが、こちらはたぶん普通にハッピーエンド。あのままの流れで「成功」を掴む流れではなかったのが、何よりのハッピーエンド。
シャルロットは、音を楽しむことが出来るようになった。音楽が出来るようになった。そこに乗せられたテーマというのは、「予め定められたレールに沿って進むこと」や「押し付けられた苦難、理不尽」とどう向き合うかであるのかな。
フィル視点で言えば、「父親が投げ出した教え子、投げ出した曲」を「みんな(カルテット)の力で」完成させ、父と同じもの(父と同じセンスと、おそらくは性格)を持ちながらも違った道を歩き出す、という父親を乗り越えるお話にもなっていて、ユニルート・スーファルートで触れられなかった“彼自身”の物語になっていたのが好感。
ただ、バイオリン職人としての彼はどこへ行ってしまったのだろう、という気もする。この辺、シャルの物語を穿って見ると「用意されたレールに沿って進むことこそ至高である」とされてしまうおそれがあって、だからこそ、フィル側で「いや自分が好きだと思えること、『こうするしかないのか……』という消極的肯定で選ぶのではなく『これでよいのだ!』と積極的校庭で選べる道を進むのがいいんだよ」としたのかなー、とも思うんですが、少しフォローが欲しかったかな。
エンディングとしては、うまかったと思うんですけれどね。
マリウスはたぶん正攻法では挫折を味わっていて、だからこそ……だったのでしょう。シャルロットも正攻法では街の先生程度にしかなれない。フィルには“とりあえずの成功”を与えたが、継続的に活躍できるとは限らない。というか、“成功”を味わった分だけ結局はマリウスと同じ道を辿ってしまう可能性を秘めている。
これを覆すのはつまり音を楽しみ続けることであり、目の前の聴衆を意識し続けることであり、カルテットだけでなく仲間との交流が続けられていること。
“希望”だけを煮詰めた嘘臭いハッピーエンドではなく、しっかり闇にも触れている。安易なサクセスストーリーでは、決してない。
けれども綺麗にまとまっていて、明るい未来の予兆を感じさせてくれてもいる。
終えたあとに清々しい余韻を残してくれる、気持ちの良い作品でした。