「チルドレン(伊坂幸太郎 著)」の感想文です
友達との雑談。なんだっけ。どんな話をしていたのか。伊坂幸太郎だと重力ピエロが好きということを話した。(ブラコンの話なので)そうすると、友達は「自分はチルドレンが好きだ。チルドレンの陣内が好きだ」と教えてくれた。チルドレン。太古の昔に読んだ気がする。チルドレンは群像劇というと少し違い、家庭裁判所調査官をお題にしたバディものと呼んでもちょっとずれる。
友達が言っていたのは、奇跡の話、ということだった。奇跡の話だったっけ。
というわけで再読したので、感想を書きました。
◇バンク
銀行強盗の話。大学生の鴨居・陣内のふたりはたまたま足を運んだ銀行で銀行強盗事件に巻き込まれる。人質にされる店員と客たち。おびえる人質を見て、突然歌い出す陣内。Hey Jude.これははげましの歌なんですね。CDから流れる歌声と紛うほどの見事なパフォーマンス。盲目の青年・永瀬との出会い。銀行強盗がとても奇妙だったことに気づく。
結局のところ事件は”解決”しません。
だから、銀行強盗そのものよりも、連作短編としてシリーズ走り出すための、メイン登場人物たちのお披露目がメインのような気さえします。ふつうの大学生の鴨居、盲目でありながら研ぎ澄まされた知覚と思考の持ち主の永瀬、そして”奇跡”を起こす陣内。
陣内の歌。作中で直接曲名は提示されないし歌詞もわからないのですが、まあまず Hey Jude で合っているでしょう。その中でも、
take a sad song and make it better.
ということばが、おそらく、この場だけではない、”陣内という存在”の鍵なんだろうなと思います。この短編だけでなくね。
◇チルドレン
いきなり時間が飛ぶ。さっきまで大学生の男の子たちが主人公のようだったのに、ぜんぜん知らない28歳の家庭裁判所調査官(以下「家裁調査官」)の一人称になっている。陣内というおとこは居るようだ。じゃあさっきのかれかな。というところからはじまります。バディものです。物語の語り部は家裁調査官の武藤に。
本を万引きしたという非行少年が現れる。父親同伴。どうも父子関係は悪そうだ……というところからの、どんでん返し。やさしさの話でした。take a sad song and make it better.と口ずさむと、なるほどやさしさの話か、と思える。
◇レトリーバー
また時間が飛ぶ。しかも回想が入る。自分の視点がどこに立っているのか、よくわからなくなる。川の上にでも立っているかのような感じだ。この場合は作中の比喩とは違い、川のような時の流れのなかで水遊びしているみたいな。
ともあれ、冒頭の「バンク」に出てきた盲目の名探偵永瀬とその恋人優子の話。永瀬は優子とベスの二人の存在が自分を支えてくれていて、「これが当たり前だと思ってはいけない」という自分を戒める気持ちを持っている。ここでも奇跡だ。この、自らを戒めることば、これは、永瀬が奇跡に感謝しているという描写だ。なるほど。
このお話も事件は起きるが、まあ解決してるんだかしないんだか。探偵が事件を解決する話じゃなくて、奇跡を信じる、信じたい物語。
「そう」 永瀬は優しく微笑んだ。「 僕は、そう信じているんだ」 わたしは信じていない。
◇チルドレンⅡ
家庭裁判所調査官というのは、家庭裁判所で扱う事件を調査する仕事なんですね。ようは離婚だとか、少年事件だとかで、それぞれの関係者に対してヒアリングをはじめとした調査を行い、かれらの処遇に対する意見書を出す役割。何らかの捜査権があるだとか、裁きを与えるとかという立場ではない。が、登場人物のかれらと違い、本作において、我々読み手はその両方が求められています。という構造。厳密には裁きを与えるわけではなくて、かれらにとって、そして世界にとってどのように始末をつけるのが相応しいのだろうか、と考えさせられているわけですね。
「それを俺たちはやってみせるんだよ」 満足感を浮かべ て、笑う。「 俺たちは奇跡をやってみせるってわけだ。ところで、あんたたちの仕事では、奇跡は起こせるのか?」
そして、陣内はここでも歌で奇跡を起こしてしまう。それが、傷ついたひとびとの尊厳や愛情を取り戻させる。
◇イン
悪意の話だな、とまずは読んで思った。弱者に対して唐突に突き付けられる悪意の話。でも、拳を振り返せるよ、という話でもあったので安心した。また、悪事を働く人間というのは、ほんとうは、善悪のどちらかの属性を持っているわけじゃなくて、みんな境界にいて、常にバランスを取っているだけ。バランスを崩すこともある。ということも書いてあった。
◇おわりに
ここまで読んで、陣内という主人公が奇跡を起こす小説なのだと理解りました。take a sad song and make it better.って口ずさみながらね。
奇跡の話だよ、と言っていた友達は正しかった!!!あなたのことを信じています!!!!!!
サブマリンという続編があるようで、そちらも読もうと思いました。
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