『闇に囁くもの』雑感

 市井の民俗学者アルバート・N・ウィルマート。彼は過去にとある異様な出来事を体験していて、未だ当時感じた恐怖から抜け出せていない。
 ヴァーモント州の田舎町タウンゼントの名士ヘンリー・W・エイクリーとの文通に端を発したその出来事とは……?



ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))



 本作のジャンルは何と言うのでしょうね。ちょっと形容し難いかな。“怪奇”が頭に付くのはいいとして、ホラーなのかサスペンスなのか。僕が思うに、読んでいて徐々に湧き上がってくるのは恐怖感というよりどちらかと言えば不安感。
 なので、個人的には怪奇サスペンスと呼ぼうかな。

 作中では謎が完全には解明されておらず、唐突に色々な設定がドカンと出てくることと相俟って読んでいて混乱してしまいましたね。
 けれど、これも著者の狙い通りなのかな。

 設定の方はクトゥルフ神話という妄想神話体系の、その壮大さ、そして胡散臭さ(B級娯楽っぽさと言い換えても可。更に耳触りのいい言葉に置き換えると“神秘的な薫り”)を匂わせることには成功していました。
 つまり“雰囲気”が出て、エピソードの面白さを引き立ててくれていたということなのです。

 「解明されない謎」の方も、読者に行間を読ませるだけの情報は提示されていますし、複数の解釈が出来るという意味では懐の深い描かれ方であったと言えるでしょう。

 まとめると、この、読後に残る据わりの悪さ、何とも言えない気持ち悪さこそが本作最大の魅力であったと言えるでしょう。


 ……ではあるんですが、個人的にはオチが弱く感じてしまい、この“肩透かし”が著者の狙い通りであるとはいえ、どうしてもカタルシスに欠けてしまったんですよねぇ。スッキリしないことこそ魅力なのだろうなというのは分かるんですが、うーむ。
 謎の方は、実は割りとどうでもいい。たとえば、エイクリーはあの名前の書かれた円筒に入っていて、おそらく蟹型宇宙人に騙された、あるいは押し負けた末にあのような状態になってしまったとか。たとえばほとんど全てが作中人物の神経症的な妄想だったとか。たとえばエイクリーが人を驚かせることに心血を注いでいる人物であり、彼が著名な識者を騙しただけなのかもとか。

 それはいいんですが、結局主人公たるウィルマートは恐怖の予兆は感じても、恐怖自身には立ち会っていない。常に何かを介して、間接的にしか味わっていない。それが、本当に居心地の悪さを感じさせます。「好奇心猫を殺す」というメッセージがあるようで、実は非常に手の込んだブラックジョークにも思える。
 この構成は傑出していると思うんですけど、僕に伝わる“面白さ”へと結実されていたかというとそうではありませんでしたね~。好きな人は、好きなんでしょう。